2010年03月24日

<狩野探幽>水墨画「雲竜図」の作者と判明 京都・興正寺(毎日新聞)

 真宗興正派本山興正寺(こうしょうじ)(京都市下京区)所蔵の水墨画「雲竜図」が、江戸時代前期の代表的絵師で江戸狩野派を開いた狩野探幽(かのうたんゆう)(1602〜74年)の作品と確認された。同寺が19日発表した。作品の落款の印影と後水尾法皇から探幽に贈られた印(三井記念美術館蔵)が一致した。鑑定した樋口一貴・同美術館学芸員は「晩年の成熟した大胆さがうかがえ貴重だ」としている。

 作品は縦115センチ、横202センチ。嵐の海の上で雲をまとう竜が画面いっぱいに描かれ、左下に「法印探幽」の署名と「筆峯大居士」の落款がある。「行年七十歳」と記され、1671(寛文11)年に描かれたとみられる。

 興正寺には、黄金2枚を受け取った探幽からの礼状が残り、雲竜図が制作当時から同寺に納められていたことを裏付けている。

 真宗教団連合が来春開く「親鸞展」で一般公開予定。【藤田文亮】

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2010年03月23日

斎宮 ちょっとミステリアスな響き(産経新聞)

【麗し大和・記者の裏話】(12)

 「斎宮」(さいぐう、さいくう)という言葉には神聖な、そしてちょっとミステリアスな響きがある。未婚の皇女(女王の場合も)が伊勢神宮や後には賀茂神社で奉仕した斎王のことで、京都で5月に行われる「葵祭」のヒロイン・斎王代はその“代役”といえば、わかりやすいだろうか。

 ■薄倖の斎宮

 二上山に葬られたという悲劇の皇子、大津皇子の姉、大伯皇女も天武天皇の皇女として斎宮の任についた。弟の死を悲しんで歌った万葉集の秀歌「うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟と我が見む」は、まるで恋人のよう…という人もいるけれど、まあ当時、異母きょうだいなら結婚できたし、同母きょうだいでもウワサのあった人たちはいた(中大兄皇子と同母妹の間人皇女など)から、全くないとは言い切れない。とはいえ、早くに母をなくし、母の妹(後の持統天皇)が皇后となって権力を増すなかで、姉弟のきずなは普通のきょうだい以上に強かったということではないか、と思う。

 さて、大伯皇女は弟が亡くなったのをうけて斎宮の任をとかれ、奈良に戻って歌ったのが先の歌。その後、ひっそりと暮らしたのだろうか、40歳ごろに没。多くの斎宮は任を終えても独身で過ごしたようだが、それにしても薄倖の皇女だったといえるだろう。

 ■ジェットコースター人生を送った斎宮

 斎宮出身でも後に結婚した例はわずかながらある(三十六歌仙の1人、斎宮女御は有名)。聖武天皇の皇女、井上内親王もそのレアケースで、子どもも生まれさぞかし女性としては充実した生涯だったかと思いきや、そうはならなかった。

 井上内親王と聞くと、廃后(皇后の位を廃された)や、怨霊(おんりょう)になった…などで有名(?)だが、天皇の第1皇女として生まれながら、藤原氏出身の光明皇后が生んだ異母妹(孝謙女帝)が女性ながら皇太子となり、その権勢の影で長らく日陰道を歩いてきた女性だ。幼くして伊勢の斎宮になり、弟の安積親王が突然亡くなった後(陰謀説がある)、任をとかれて奈良に帰京。珍しいことに当時は天皇の位からずいぶん遠いとみられていた皇族、白壁王(後の光仁天皇)と結婚した。30歳くらいだったそうだからずいぶん晩婚で、その後一男一女を産んでいるが、文献では30代後半から40代での当時としてはまれな高齢出産だったという。さて、ここから先がジェットコースターの人生となった。

 異母妹の孝謙女帝(独身だったため子どもはいない)が死去、天皇位が思いもかけず夫に転がり込んだのは、実は幸と不幸が表裏の出来事だった。身分が高いので正妃だった井上内親王は皇后となり、一躍宮中の女主人となるが、夫を呪詛(じゅそ)したとして突然、廃后。数年後に同じく皇太子を廃された息子とともに急死した。さぞかし無念の最期だったと思うけれど、内親王親子の失脚で皇太子に、後に皇位についた桓武天皇はその怨霊をおそれて後に2人の名誉回復をはかっている。ということは、やはり陰謀があったんだ…と考えるのがスジ。

 斎宮として退屈かもしれないが平和な生涯を送るはずだったスタートからすると、女性の、とりわけ身分の高い皇女の幸せとはなんだろう…と考えさせられる一生なのである。

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2010年03月18日

「医療基本法」制定を−日医委員会(医療介護CBニュース)

 日本医師会の今村定臣常任理事は3月17日の定例記者会見で、日医の「医事法関係検討委員会」(委員長=横倉義武・福岡県医師会会長)が取りまとめた唐澤祥人会長への答申を公表した。答申では、医療政策を貫く「医療基本法」を制定する必要性を指摘している。

 同委員会は2008年7月に唐澤会長から「患者をめぐる法的諸問題」について諮問され、小委員会3回を含む計13回の会合を重ねて答申を取りまとめた。

 答申では、▽「患者」に関する法的考察▽「医療基本法」の検討▽医療基本法制定に向けての課題―などに言及。

 まず、患者中心の医療を実現するために「医療提供者」「国・自治体など」「患者・国民」のそれぞれに求められる役割を示した上で、「現状ではそれらの役割を十分果たせているといえない」と指摘。そのために起こる医療提供者と患者間の問題は、「医療政策、立法政策」の問題として対処することも可能だとして、法制度を整備する必要性を強調している。
 具体的には、医療法や医師法などの法令を見直して分かりやすい法体系に整備することに加え、各法令の根底に共通して見られる医療の理念や根本原理を明確に打ち出した医療における基本法を作る必要性を指摘した。
 また、「患者の権利法」を制定すべきとの議論も根強く存在するとした上で、一方当事者の「権利」のみを規定した法律を制定することは、かえって医師・患者間の信頼関係に悪影響を及ぼすことが懸念されると問題視。双方の権利や義務・責務について基本原則を提示する法の在り方が望ましいとの考えを示した。

 医療基本法制定に向けての課題としては、「国民的議論の形成」「医療専門職集団の自律」「医療基本法制定後の法政策と医療政策」「短期的課題と長期的課題」-の4項目を掲げている。
 「短期的課題と長期的課題」では、まず喫緊の課題として、どのような医療理念に基づき、どのような医療政策が策定されるべきかについて医療界内部で徹底した議論を重ね、さらに具体的な立法を視野に入れた国民的な議論へ移行すべきとした。また、中長期的な視点では、医師会をはじめとする医療界の自律機能の向上を推進するための検討と、それを実行に移すことが重要と指摘した。

 今村常任理事は会見で、「患者と医師の信頼を考えた時に、法的規制がむやみに多過ぎるのではないか」と述べ、医療政策を貫く基本法は、患者と医師の関係を再構築する上で不可欠のものだと指摘。その上で、「もしこれを本当にやるならば、数年にわたる徹底的な議論が必要だと思う」との考えを示した。


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